仕出し弁当

お店を始めた当初、仕出し弁当の売り込みがあった。軽四ワゴン1台で配達が足りるような家族経営の仕出し屋だった

2~3ヶ月に1度の間隔で「もし良かったら味見してください」と弁当とおかずカレンダーを置いていった。いかにも嫁入りしたばかりという感じの若い女性が地道に客を開拓していた

開業当初でお金はないが暇はある、という状況下では仕出し弁当の必要はない。100円でも50円でも節約しなければいけなかった。だからタダ飯を頂くばかりで申し訳なかったのだが、めげずに訪れる熱心さに絆されて契約することにした。

ちょっとした贅沢だったが、弁当は冷凍食材を使わない手作りでとても美味しかった。

弁当の容器は使い捨てではなく夕方に回収に来ていた。外に出しておけば回収してもらえるのだが、お客さんから見えない適当な場所が無かったので店内で保管し手渡ししていた。


2ヶ月ほど経ち、お店が混んでいる状況で弁当箱の回収に来た。品のないババアが接客中に割り込んでくる。「弁当箱回収に来たんだけど」「今お客さんの相手してるから待ってもらえます?」と声をかけると「あなたにお客さんがいるように、私もあなたのお客さん」という答えが帰ってきて一歩も引かない。ひとつも理屈が通っていないが自分は優先されるべきという確信に満ちていた。大きな声や大きな態度で出れば周りが引くことを知ってしまった人生だったのだろう。醜い争いを本当のお客さんの前で繰り広げる事は僕にはできないので弁当箱を渡し、帰ってもらった。

店が一段落して弁当屋に電話をかける。「明日から弁当は持ってこなくて良い」電話に出た先ほどのババアは納得がいかなそうな「ああ、そう」の一言で電話を切った。

こうして地道な売り込みによって得た客は、苦労を知らないババア一人によって失うことになった。

後日、代金を取りに来た若い女性はとても申し訳無さそうにしていたが、若かった僕は優しい言葉を掛けることができなかった。でも一番の被害者は間違いなく彼女だった

仕出し弁当の軽自動車は、その後もお店の前を行き来していたが、ふと気づくと見なくなっていた


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