朝を歩く

11月の朝、空気は冷たいが肌を刺すほどではない。からっ風もまだ吹いていない。最高の散歩日和だ。早々に準備を整えて外に出る。

自宅から職場まで最短で4km。少し遠回りをすれば車の通らない用水路沿いを歩ける。プラス1kmというところか。休日ならひと気のない住宅街を歩くのが楽しいが、平日の朝は出勤する人たちでピリピリしている。だからウォーキングする老人たちに紛れて用水路沿いを歩くことにした。

服装はチノパンと長袖シャツ。歩くのに適した格好ではないが不便は感じない。冷えるほど空気は冷たくないし、急がず歩けば汗もかかない。なにせ1年で数日しか無い最高のウォーキング日和なのだ。どんな服装だって気持ち良い。

歩き始めは体が温まるのを感じながら意識してゆっくりと歩く。膝や踵に違和感を感じないか確認する。普段は碌に歩かないからそういう違和感が徐々に大きくなって苦痛に耐えながら歩くのでは本末転倒だ。

体が温まってくると歩くスピードが上がる。足は勝手に前に出て意識せずとも体は進む。周りを観察する余裕が出てきて歩きながら見たり聞いたり考えたりする。日差しが強いとか小虫の群れが照らされて渦を巻いているとかとりとめのない事を考える。

老人のウォーキングは一人だったり群れていたり様々だが、一様に歩くのは速い。年をとっているからといってよぼよぼな歩き方をしている人は見ない。日課のようになっているのだろう。僕のように周りを見回したり歩くペースが乱れたりしない。

散歩のように歩いて出勤するのは実に贅沢だな、と思う。仕事に向かうという緊張感を感じずフワフワと周りの景色を観察してとりとめのない考え事をしながら時間を過ごす。恐らく頭と体が分離して、歩くという動作は意識せずに別々の活動を行っている。まるで風景が勝手に変わっていくのを自宅で眺めているような気安さがある。車や自転車での速い移動手段は時間を有効活用できるけど、ゆっくり歩くのも決して時間を無駄遣いしているわけではないのだと、人生の半分以上を過ぎてから悟る。

 

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