祖父母の家

幼少期に祖父母の家に泊まりに行く夢を見た。時々泊まっていた記憶がある。両親から離れ少し不安だった気もする

生家は道路から離れた場所に建っていて、夜は(暴走族を除けば)人工的な音は殆どしなかった。風邪で学校を休んだ時も軒を歩く土鳩の足音や鳴き声、寺の鐘の音くらいしか聞こえなかった。それが僕にとって「普通」の環境だった

祖父母の家は平屋で開き戸の扉を開けるとこじんまりとした玄関がありガラスの引き戸で居間と仕切られていた。僕はその玄関に近い居間で寝るのが常だった

実家との大きな違いは車の音だった。部屋を暗くして小さな寂しさを抱えながら布団で目をつぶっていると少し離れた道路から不規則に車が通り過ぎる音が聞こえた。交通量は多くはないが静かな居間の空気を掻き乱す程度の影響はあった。

玄関側と縁側から光が入り部屋は完全に暗くはならない。道路の街灯が常夜灯のように部屋を照らす(当時はLEDなんて無くて電球ランプに緑や赤の笠が被せられていたそういうカラフルな光が外から部屋を照らすのは今思い返すと不思議な気持ちになる)。実家では外から明かりが入る事もなかったから、それも普段と違う環境にいるのを明確にして寂しさが増したような気がする

祖母が寝る時そばに居てくれた。僕の感じている寂しさを見透かすように眠るまで声をかけてくれた。ある時「目をつぶって夢の国に行く電車に乗っていると思いなさい。どんな夢が見られるかな?」と言われ自分が電車に乗っている姿を想像した。電車というか汽車に一人で乗り、揺れる車内で夢の国に向かっていた。外は暗闇で景色は見えない。乗客は僕以外はいない。汽車は沈むように下に向かって進んでいる。そんな独特なイメージが鮮明になる頃僕は眠りにつく。その先の映像はもうない。

夜が明けると家に帰れる喜びが心を満たす。恐らく自分が泊まりたくて祖父母の家に連れてきてもらったのに心は自分の産まれた家に向かっている

 
夢というか失っていた記憶が夢として出てきた。既に40年前の記憶で起きているときにそんな光景を思い出したこともない。寝ながら微笑む子の顔を見て「どんな夢を見ているのだろう?」と思った。そしてそんな疑問が引き金になり、忘れてしまっていた記憶の引き出しを脳が開け僕に提示した。お前の幼少期はこうだった、それは参考になるだろうか?と

記憶の夢から醒め、自分が46歳である事に気付く。気付くまでは幼児として目が醒め幼児として一日が始まろうとしていた。混乱が収まるまで目をつぶり呼吸を整え夢で再現された記憶が消えないように胸に刻んだ。失ってはいけない記憶のような気がした

寝室を出て子の様子を見に行く。朝5時、まだ寝ている。僕は自分の子供に何を与えられるのだろうかと考え込む。できれば自分が体験したような、思い出して胸が懐かしさで満たされる経験を与えてあげたい

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