ショッピングモール内のトイザらスで子供用自転車を買いました。プールの帰り道で長く滞在するのは嫌だったので店員さんに「整備が1時間以内なら購入します」と確認して購入を決めました。店員さんは声を掛けた人だけで大丈夫だろうか?と思ったのですが、この機会を逃すと購入する機会が遠のくので買うしかありませんでした。
さっさと購入手続きをして1時間をショッピングモールで過ごそうと考えていたのですが、僕の手続きを差し置いてレジに並んでいるお客の会計を始めました。まぁそういうのはよくある事なので行儀よく待っていたのですが、決済方法でクーポンだ現金だとかなり時間が掛かり正直失敗したなと思いました。既に5分ほど損をしています。
やることもないので会計をしている客の観察などをしていたのですが、制服を着た高校生らしき男の子がプラレールの列車をレジに出しお母さんが会計していました。ぱっと見はその高校生が親戚等の知り合いの子供にプレゼントでもするのかな?と思いました。高校生がプラレールで遊ぶというのはあまり想像できません。決済で店員さんとあれこれやり取りしている時に、その男の子がうなり声のような音を発してお母さんが制止しました。そこで、子供に障害がある事とプラレールはその子供が使うことを理解しました。障害を持つ子供を育てるのは大変だろうな、というのが僕の感じた事です。
その後自分の会計が終わり、ショッピングモールをウロウロしました。ゲームセンターを覗いたときに乗り込むタイプのアンパンマンカーに大人二人が乗っているのを見て「社員が点検でもしているのだろうか?」と思いました。大人が乗って何か作業するには狭すぎて大変だよななんて考えながら通り過ぎようとしたら、乗っていたのは先ほどトイザらスで会計していた親子でした。僕はその親子だと気付いた瞬間に胸が締め付けられました。
肉体的な障害を持った大人とは接したことがありますが、精神的な障害を持った人と接したことは殆どありません。せいぜいテレビやネットの動画で映像を見て「大変だなぁ」と思ってお終いです。冷酷というよりも身近に似た体験をする状況がなければその本当の大変さは理解できないです。そもそも感受性が強すぎたら生きるのが大変です。
自分よりも大きな会話のできない子供をおもちゃ屋で幼児用のおもちゃを買い与え、大人が座るには小さすぎる遊具に一緒に座っているお母さんを肉眼で見てしまうと、それはもうとても大きな衝撃を受けてしまいました。自分の隣にいる5歳児がもし同じ状況であったならお母さんと同じ行動を取れないのではないか?と思ったのです。色んな大変を乗り越えて乗り越えて頑張らないと愛情だけではたどり着けない場所にいるお母さんは凄いなぁ。
出来れば声を掛けたりして何かを伝えたかったのですが、うまく言葉にできるものでもないし伝えたい欲はただの自己満足なので心の中で「お母さん頑張れ」とだけ念じました。